静かなるプレッシャー
―園田・美花―
新店舗lumiere(リュミエール)の前夜祭を数週間後に控えた某日、営業部園田(27歳)と同部署美花(25歳)の社内結婚が決まった。
大騒動の中での朗報はアッと言う間に社内を駆け巡り、それがワイドショー的な要素を含んでいればなお更のこと。
翌朝一番、さっそく企画部の男子社員が園田のところへやって来た。
「園田さん、企画部です!おめでとうございます!
我が社のお嫁さんにしたいNO.1の美花ちゃんと、営業部のNO.1同士!お似合いです!!」
「あ・・早いな・・・。昨日の話だぞ・・・」
園田はシステム手帳を広げていた。今日は外回りを予定しているようだった。
「そりゃそうっすよ!広報課には負けませんよ!
次の社内報では三段抜きのトップ記事ですからね!あっ、そのまま!そのまま!!」
パシャッ!パシャッ!
企画部男子社員は断りもなく園田をカメラに収めると、突撃レポーターばりに隙を与えない話し方で一方的にしゃべり出した。
「それにしても女史に感謝ですよね!ワーカホリック(仕事中毒)の園田さんが、
女史に金棒(ステンレス定規)で尻叩かれて恋に目覚めたって、ホントみんな喜んでるんすよ!!」
「・・・ふ〜ん、俺が女史に・・・こんなふうにか?」
「ほぇっ・・・!?ちょっ・・・カメラがっ!!」
ガシッ!ダァンッ!!・・・カチャカチャ・・・パシ―――ンッッ!!
園田は企画部男子社員の襟首を掴みデスクの上に押し倒して、引き出しから取り出したステンレス定規で男子社員の尻を叩いた。
「うぎゃあぁっ!いーたーいーっ!!何するんすかっ!いきなり!!」
「いきなりはどっちだ!勝手に撮るな!パパラッチか!お前は!!
しかも嘘八百・・・どこで聞いて来た!!」
「パパラッチって・・古っ・・・」
「・・・・・・」
パシィ――ンッ!ピシッ――ッ!!
「はうっ!痛っ!痛いですってば!!・・・どこって、ここ(営業部)に決まってるじゃないすか!
部員のみんなから直接聞いたんですよ!!てか、誰か助けろよ!!」
営業部の朝は忙しい。
鳴りっ放しの電話に外回りに出掛ける準備にと、人のことなど構っていられない。
横で尻を叩かれている人間がいていようが、気にする部員は誰ひとりいない。
みんな自分のことで手一杯なのだ。
「部員のみんなから・・・!?」
園田は昨日残っていた面々を見定めるべく部屋を見回した。
「もしもし、おはようございます!・・・はいっ!これからお伺いさせていただきますが、実はうちの園田が結婚することに・・・。
ええ、そうなんです!やっと!・・・もう大変でしたよ、散々女史に・・ええ、あの松本に泣きついて・・・」
ブッ!!
「んっ?? ―ツー・ツー・・・― もしもし?・・・」
「お前か・・・」
「園田さん!大事な得意先なのに、酷っでぇな!!
園田さんが日頃から言ってるんじゃないですか!'使えるネタは使え'って!」
突然電話を切られた男子部員は、園田の結婚話を営業トークのネタにするつもりのようだった。
「ああ、言ったさ。どんどん使え!但し、それが間違ってなきゃな!誰が散々女史に泣きついたって!?」
「えっ、違うんですか?やっ・・・おかしいな?おれはそう聞いたんですけどね。・・・さて、行って来まーす!」
慌てて立ち上がったところを男子部員はやっぱり園田に背中を押されて、上半身をデスクの上に突き倒されてしまった。
「・・・っ、園田さん!やめて下さいよ!だから、おれは聞いたことを・・・」
「本当に聞いたことだけか?」
やけに冷静な園田の声に、男子部員の動きがピタリと止まった。
恋に疎くとも仕事はキレるのだ。
ごまかせないのは部下である彼らが一番良く知っている。
「・・・まぁ・・そこは、ほらっ!営業トークは多少脚色して相手の興味を引き付け・・・」
パァンッ!! A4版硬質のバインダーが男子部員の尻に炸裂した。
「痛てぇっ!!・・・すみませ・・んっ・・。けど、脚色したのは・・・女史に泣きついたってところだけでっ!」
「充分だ!!」
バシッ!! バシッ!! バシーンッ・・!!
ぎゃあぁぁ・・・!!と、盛大な悲鳴が上がるその側でふと耳を凝らせば、隣の席の女子部員は広報課相手に内線電話で何やら話し込んでいる。
「広報課さんが、何のご用でしょう。ああ昨日の・・・ええっ?園田さんが女史を叩いた?
まさか!違いますよ!・・・・・・で、ひっくり返った園田さんの背中を女史が8cmヒールで踏みつけにして・・・」
それも違うだろ!!
園田は受話器をひったくって怒鳴りつけたいと思うものの、次々と出てくる身に覚えのない話にとても対応出来なかった。
そもそもは園田の恋愛騒動を見ていた居残り部員たちが口々に自分の見解で話を撒き散らし、見ていなかった部分は話に勢いがついているためつい想像で補おうとする。
噂話がいい加減なのは、この見解と想像の副産物なのだ。
叩かれたのは頬なのだがそれがいつのまにか尻になり、さらに泣きついただの背中を踏みつけられただの。
そのくせ女史のヒールの高さは8cmと、どうでもいいことは無駄に正確なのがよけい腹立たしい。
「園田君、いつまでもモグラ叩きみたいなことしているんじゃないわよ」
「・・・女史」
園田はふぅっ・・と息をつくと、自分のデスクに戻った。
これ以上部屋にいるとロクなことがない。
さっさと外回りに出ようとカバンを手にとった。
部屋を出る際にちらっと美花の方を見ると、さっき園田に尻を叩かれていた企画部男子社員が今度は美花の写真を撮っていた。
「美花ちゃん!美花ちゃん!ハイ、笑って、そうそう・・・OK!
いいよ、いいよ、かっわいいなぁ!!んじゃ、もう一枚ね!」
テンションは下がるどころか、ますます上がっている。
美花はいたって普通に、男子社員の言葉にも周囲の冷やかす声にもほんわかとした笑顔を返すだけだった。
そこは会社から20分ほど車を走らせた距離にある公共の植物公園だった。
ビジネス街を抜け市街地を抜けたあたりから林道の緩やかな登り坂が続く。
木漏れ日を受けながら平地に辿り着くと、そこが公園のパーキングになっている。
園田は午前中の営業を卒なくこなすと、この公園に立ち寄った。
近くの自販機で缶コーヒーを買ってベンチに腰掛けた。
昨日はあの騒動の後、長尾が来て祝杯だとか言って会社が退けると美花も一緒に大人数で飲みに行った。
美花たち女性陣は適当な時間で帰ったが、園田は長尾たちに連れまわされてマンションに帰ったのはほとんど夜明け近かった。
飲み過ぎた上に寝不足だった。
とても昼食は食べる気になれなかった。
それに何となく、午前中の仕事が一段落付くと美花の顔が頭に浮かんだ。
部屋を出かけに見たほんわかした笑顔や、ちょっとのお酒でピンク色になった頬や・・・園田は胸元のネクタイを弛めて、缶コーヒーを飲んだ。
まだ美花と二人きりで話をしたことはなかった。
携帯の番号も常に大勢いるから聞きそびれてしまって、メールも電話すら出来ない。
女史に聞くしかないかと園田は携帯を取り出した。
しかしいちゃもんも付いて来るだろうなと思うと、登録ボタンを押す指が躊躇われた。
秋口の乾いた風が木々の葉に絡まって、サワサワと園田の頭上を通り過ぎる。
―・・・いい歳をして何をやってんだ、俺は・・・―
若い子でもあるまいし、たかが携帯番号ひとつにウロウロしている自分に気が付いて自嘲の笑みが漏れてしまった。
体一杯浴びているマイナスイオンを、すうーっと大きく吸い込んでふぅーっと吐き出す。
営業部で駆け出しの頃仕事でしょっちゅう女史に叱られては落ち込んで、その度によくここへ通った。
いまみたいに深呼吸をして、暫くぼんやり空を仰いでいた。
そうするとアスファルトやコンクリートに囲まれてガチガチになっていた心が、土や草花の軟らかい匂いに包まれて研ぎ解されていく。
園田は営業でトップを張るようになってからは全く忘れてしまっていたが、美花の笑顔で久々にこの公園を思い出したのだった。
そんな感傷にひたりつつ携帯のアドレスを繰っていると、ピピピピ・・・とメールの着信音が流れた。
[ 件名:美花です ]
女史にでもアドレスを聞いたのだろう、驚きはしなかったが'しまった!'と思った。
美花に先を越されてしまった。
内容は実にシンプルで'お疲れ様です'の言葉と共に、自分の携帯の番号が入力されていただけだった。
時刻は午後12時45分だった。ちょうど会社は昼休みだ。
メールでも私用は電話と同じに、ちゃんと休憩時をわきまえている。
ピッピッピッ・・・・・・
「もしもし、俺だ・・あー、園田だけど」
三回目くらいのコールで美花の声がした。
まさかこんなにすぐ、それも電話が入るなんて思ってもいなかったのだろう。
超おっとりでも戸惑いと驚きの声は、はっきりと聞き取れた。
[ 園田・・さん?園田さん・・・!美花・・美花ですぅ・・・あの、あの・・・ ]
「いま、昼休みだろ。・・・これで俺の携帯番号もわかったな?」
初めて仕事を離れて、美花と話をした。
園田は何故だか無性に意識してしまって、'美花'と名前が呼べなかった。
美花はそんな園田の照れに気付いているのかいないのか、いや美花ならどちらでも変わらない返事で答えるだろう。
[ はいぃ・・! ]
嬉しげな声が返って来た。
ちょうどタイミングも良かった。いずれにしても近いうちに誘おうと思っていたところだった。
「ところで、今日は夕方には帰るから・・・?・・・ん?・・・もしもし?」
[ ( 誰?美花ちゃん。先輩?先輩から、何て?) ・・あのっ・・・えっと・・・ ]
―・・先輩?・・・長尾か!!何でお前がいるんだ!聞くんだ!!―
[ (えぇ!?美花先輩の携帯番号、園田さん知らなかったんですか!)・・だって、言う暇がぁ・・・ ]
―あの声は、高野!―
[ (まったく・・昨日いろいろ手解きを教えたけど、それ以前の問題だな)・・・手解き?・・・進藤さん?・・・ ]
―進藤!!お前に教えてもらった覚えは無い!!社長はどうした!!―
その他にもガヤガヤと声が聞こえて来て、美花は周囲を大勢に取り囲まれているようだった。
―し・・失敗した・・・―
タイミングは良かったが、昼休みは美花だけではなかった。
しかしここで電話を切ってしまえば、美花が気にするだろう。照れている場合ではない。
「美花、周りを追い払うか、席を移動出来るか?」
今度は名前を呼んだ。
[ あっ・・はいぃ。・・・あのぅ、みなさん・・・少しぃ・・向こうへ・・・ ]
昼休みが終ってしまうな・・・園田は、掛け直すかとため息をついた。
[ (みなさん、馬に蹴られる前に、私に蹴られたい人は?) ]
―・・・女史!?―
[ (チッ、後見人が来たか・・・) ]
―・・・後見人?・・・待て!!―
[ 園田さん・・、美花だけですぅ。みなさん、女史とぉどこかにぃ・・行かれました ]
女史が追い払ってくれたようだった。
電話の向こうから誰かが後見人と言っているのが聞こえたが、どう聞いても女史のことだろう。
そんな噂まで立っているのか・・・園田は噂だと思ったようだった。
「ああ・・昨日の今日で疲れてなければ、食事に行かないか。・・・行く?そうか。
じゃあ5時半にビルの玄関前ロータリーのところに車をつけるから。俺の車はわかるな?」
携帯番号の時といい'わかるな?'とか'出来るか?'とか、ひとつひとつ確認を取っていくのは相手が美花だからと言うわけでもなさそうだった。
きっちり伝えるところは、つい仕事上のクセが出てしまう。
とてもロマンチックとは言い難かったが、園田らしいと言えば園田らしかった。
とにかくこれで美花とは繋がった。
園田は携帯を背広の内ポケットに仕舞うと、手元の缶コーヒーを一気に飲み干してパーキングへ向かった。
午後から二件のアポイントを取っているのだが、それぞれの案件にどれだけの時間を割くか。
夕方5時までに済ます段取りを逆算で計りながら大よその予定を組み立てていく。
園田の頭の中は既に仕事モードに切り替わっていた。
午後5時半――。
ビルの玄関前ロータリーに、黒のクラウンマジェスタがスッと止まった。
美花は約束の5分前から待っていて、車が到着と同時に乗り込んだ。美花を乗せたマジェスタは、そのまま綺麗なカーブを描いて会社を後にした。
園田と美花の初デートは、車中の短い会話から始まった。
「・・・すんなり出て来れたか?」
「はい」
「そうか」
園田は社用車を帰しにビルには戻ったが、会社には直帰という形を取った。
会社に戻るとどうせ朝の続きになるに決まっている。
下手をすると、またよけいな付け足しがワラワラとついて来そうだ。
車を乗り換えると、約束の時間まで駐車場で待った。
「食事は勝手に決めてしまったが、ソレイユを予約しておいたから。・・・いいか?」
仕事柄気の利いたレストランなら、ガイドブックに載っているよりたくさん知っている。
それでもソレイユを選んだのは、自社の身びいきではなく園田の自負だ。
自分の仕事に自信を持つのと同じに、自分の会社にも誇りを持つ。
soleil(ソレイユ)はA&Kカンパニーが誇る、一流のフランス料理レストランなのだ。
「わあぁぁっ・・・美花・・研修のぉときしか行ったことないのでぇ・・、すごくどきどきぃ・・しますぅ!」
弾んだ美花の声に園田の顔も自然と綻ぶ。
助手席に座る美花の笑顔、穏やかに響く声、黒い艶やかな髪、マニキュアの塗られていない細く白い指先・・・。
三年間も同じフロアで仕事をしていて毎日のように顔を合わせていたのに、園田にはそのどれもが新鮮だった。
陽の沈んだ市街地をクラウンマジェスタが走り抜ける。
緩やかな登り坂に差し掛かったところでスピードは減速され、外灯の光を黒の車体に浴びながらマジェスタは走行する。
園田は美花とソレイユで食事をした後、昼間来た植物公園に再び美花を連れて立ち寄った。
夜は少し高台の位置から葉陰の隙間を埋めるように、さっき走り抜けてきた市街地の夜景が広がっている。
ベンチに座って二人で暫く夜景を眺めた。
「・・・とてもぉ・・・きれい・・・・・・・」
僅かの言葉さえも詰まらせてしまうほど、美花は感動したようだった。
しかしそれは、眼下に広がる夜景の美しさにだけでもないようだった。
「ははっ・・根が田舎育ちだからな。俺はこんなところしか知らないんだ。
・・・ソレイユではゆっくり出来るかと思っていたんだが・・・やっぱりうちの会社だな」
ソレイユでも園田と美花のことはいち早く伝わっていた。
園田から予約の連絡が入った時点で、一般席とは別の特別席が用意された。
別室に設けられた特別席は、祝福とともに自社の料理を心ゆくまで堪能してもらいたいというソレイユ側の配慮が感じられるものだった。
但し、その配慮に'二人きりで'は含まれていなかった。
マネージャー、サブマネジャー、シェフ、ソムリエ、ウェイター、ウェイトレス・・・。
園田や美花の先輩、同期、後輩らが入れ代わり立ち代り、食事の間中誰かがやって来てはテーブルにベッタリ着いてしゃべり倒していく。
最後はみんなで記念撮影にまで及んでしまった。
「そんなこと・・・美花はぁ、みなさんもぉ、会社もぉ・・・大好きですぅ」
「・・・そうだな」
美花が好きと言うなら、それでいいんだろう。
機敏とは言い難いが花開くように静かな仕草の美花を見ていると、忘れていたものを思い出す。
癒される心。
園田はこの公園のことを思い出した理由が、何となくわかった気がした。
「園田さん・・、美花・・今日のことはぁ、一生大切な・・思い出になります・・」
そう言って微笑んだ美花はいつもの美花だった。表情も何一つ変わらない。
ただ僅かな言葉のニュアンスに、園田は引っ掛かった。
「美花・・・?」
「・・・美花はぁ、本当に・・園田さんが・・好きです。昨日からのぉ・・ことは、嬉しくて・・・。
だから少しだけ、このままでって・・・。でもぉ、いつまでも・・迷惑だから・・・」
ゆるゆると美花のつぶらな瞳が揺れる。だが、けして美花は園田から眼を逸らそうとはしなかった。
話し方とは裏腹に、しっかりとした信念が窺えた。
「明日・・会社にぃ行ったら、女史に言いますぅ。今回のことは・・美花のぉ、勝手な思い込みです。
退職は、三年間っていうぅ、両親とのぉ約束なんです・・・」
幸せそうな顔で話す美花は、正真正銘これで満足なのだろう。
こんなふうに人を愛せる心があるなんて、そう思うと園田の中で何かが弾け飛んだ。
「一目惚れってあると思うぞ。美花はもの好きと言われていたけど、俺は今さらか?」
「・・・・・・っ・田・・さ・ん?・・・」
「すまなかった。そんなふうに思っていたなんて・・・。だから俺は女史から唐変木って言われるんだな」
「そんな!・・こと・・・あり・ま・・・」
園田の細くない指先が、美花の頬を撫でた。
ぎこちない動きは不器用にも見えたが、とても温かだった。
「美花、俺はお前が好きだ」
小柄な美花の身体は、すっぽりと園田の腕の中に入った。
うわあぁぁん・・・と泣く美花は、ついさっきまでの美花とは別人のように幼かった。
園田は美花が泣き止むまで黙って待った。
何を語らずともこうして肩を抱き寄せていれば、互いの体温が伝わって分かり合える。
二人の愛の所在が。
翌日、営業部 始業午前9時。
鳴り響く電話。やり取りの営業マンの声。アシスト女子の声。
「一日の勝負は朝で決まる!もたもたするな!椅子に座って仕事が出来るか!!さっさと出て行けー!!」
園田はいつも以上に気合が入っていた。恋をすると輝くのは女性だけではないようだ。
「あらっ、今日は気合が入っているじゃないの。いつもそうだといいんだけど。
ところでコレ、目を通しておいてちょうだい」
松本女史はピラリと一枚の用紙を園田のデスクに置くと、すぐ自分の席に戻って行った。
書類の確認を頼むときでも、決済を仰ぐときでも、女史の上から目線は変わらない。
忙しいからと後回しなどしようものなら、ネチネチどころか女史のデスクに呼び出されてその場でやらされてしまう。
園田はほとんど条件反射的に書類を手に取った。
「・・・・・・何だ、これは・・・」
それは当面の営業部のスケジュール表なのだが、所々に赤印字で園田・美花の名前が記入されている。
「女史!!勝手にどういうことです!!俺たちのことは・・・」
「私がするしかないじゃないの、まったく。あまり手間を掛けさせないでちょうだいね」
スケジュール表を突き返すべく女史のデスクに怒鳴り込んだ園田だったが、反対に念を押されてしまった。
「この日・・・営業部全員参加行事(結婚式)、それに続く2泊3日営業部社内旅行(新婚旅行)・・・このカッコはなんです!!」
「これから忙しくなるっていうのに、悠長なこと言っていたらこの先いつ結婚式挙げられるかわからないわよ。
新婚旅行なんてもっての外だわ。さすが私ね。感謝なさい」
女史はスラリと長い足を組みかえて、ニッコリ微笑んだ。
「そう言っても!これは俺たちのことで女史には・・・」
「うるさいわね!野次馬も追い払えないくせに!」
「うっ・・・」
またしてもひと言で勝負は着いてしまった。
「園田君、あなたのデスクの電話が鳴っているわ。コールは三回までよ!」
園田は慌ててデスクに戻った。
四回目のコールでどれだけ金棒(ステンレス定規)が尻に飛んで来たかわからない。
「はいっ、園田です!・・・はい、ありがとうございます。あ・・松本から・・・ええそうです。
はい?・・えっ!・・あっ、いいえ!はははっ・・・そうですね・・・」
懇意にしている得意先からで、結婚のことは女史から聞いたようだった。
女史に直接だけあって内容は正確だが、園田も知らない園田の予定まで知っていて反対に教えてもらう始末だった。
すっかり女史に介入されている。
園田は受話器を肩に挟みつつ、そっと横目で後ろを見た。
女史はお気に入りの薔薇花びら型仕様のティーカップで、朝のティータイムを始めていた。
自ら作成したスケジュール表に視線を落としながら、優雅に紅茶(ダージリン)を飲んでいる。
心なしかその表情は嬉しそうだ。
園田は、昨日電話の向こうで聞いた声を思い出していた。
―チッ、後見人が来たか・・・―
園田の背後に静かなプレッシャーが広がった。
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